今引っ越しの準備をしています。
実家を出て一人暮らしをすることになりました。
持ち物の整理が大変です。CDだけを見ても膨大な量です。
今はパソコンとipodで音楽を聴くので、データがとばない限りCDは使いません。
けれど売ってしまうのも抵抗が…
物を持ちすぎるのは良くないので最低限に抑えたいと思いつつ、
精選に難航しています。
自分の歴史を物語るものをどこまで残すのか、これも難しい。
中学のテスト、大学のノート、手紙、詩、思い出の品々…
それらには少なからず当時の魂が込められているわけで、
処分することに勇気がいります。
力を注いだこと、誰かの言葉、
今、もう当時の気持ちはあるはずがないのだけれど、
その時そう思っていたという、今に至る道筋に散りばめられた一瞬一瞬の思いは、
小さなメモ、年賀状一枚、折り鶴、ノートの落書きにだって残っているのです。
それは誰かが傷ついた歴史でもあるかもしれません。
そんな感傷に浸りながら、一つひとつ減らしています。
ものは処分しても、今の自分を間違いなく形作る想いの歴史は、
自分の中に存在し続けることでしょう。
Posted by M.Mukai on 12月 10th, 2008
2007年12月10日
辛くて辛くて泣きました。悲しいことがあったので。さみしいことがあったので。やさしい歌を聴いたので。拭っても拭っても。みんなはもっと悲しいのに、がまんしていました。笑顔で元気を出そうとしていました。悲しい時に一緒にいれてよかった。
でも本当はよくわかっていない。現実を理解できていない。ただこわい。
人の心を動かす歌ってなんだろう。いつか、そんな歌を歌えたら幸せだと思う。そんな歌を歌いたいって思えることも幸せだと思う。そんな歌があることを知れて幸せだと思う。そんな歌を歌う人に出会えて本当に幸せだと思う。
クリスマス、年に一度の不思議な季節。気が付いたら歳を重ね、もうたくさん過ぎてました。子どもの頃から、教会に行って、いつもより遅くに帰って、ちょっとお祝いして眠る。起きたらサンタさんが来てました。サンタさんはほしいものをちゃんとわかってくれてる。今ではおもちゃはもらえないけど、やっぱりサンタさんはプレゼントをくれる。ただやってきて頑なな心をほどいてくれる。そんなクリスマス、後何回迎えることができるだろう。今年も一緒に迎えたかった。
ステキな季節に悲しいことがありました…。
今年も、昨年と同じように、通りは輝き、楽しい音楽が流れ、街はクリスマスに溢れています。迎える私たちは少しずつ変わって行くけれど。ただどんな日々を送っていたって、心には静かな部分を持ってクリスマスを迎えたい。でこぼことした心を整えて。

山梨県に行きました。甲府駅をおりたところで武田信玄に会いました。桃、葡萄、武田信玄、中学校の時に地理で勉強したことを思い出しました。大阪とは聞こえる音が違う。当たり前のことだけど、見る景色も似ているけど違う。私にとっては写真やテレビの中にしかない建物や路線が、ここにいる人たちにはいつもの風景なんだなぁと不思議な気持ちになりました。どこか大阪にも似た景色、何だか鏡の世界な感じがしました。そこにあるのはもう二度とすれ違いもしないかもしれない遠くの人たち。それぞれに日々の営みがあって他人には知る由もない。でもそれは自分が住む町でも同じ。そんなことを思っていると、そんな中で偶然出会った人たちと共に過ごす時間があるならもっと大切にしたいと思いました。
ある方とお別れしたとき、みんなで歌を歌いました。涙で濡れた声で。その歌と一緒にその人はいつも心の中に生きています。悲しい時の、嬉しい時の、悔しい時の、楽しい時の、辛い時の、元気な時の、さみしい時の、歌。いつも歌があって、その時の想いを包んでくれる。昨日そんな歌がまた一つ。
いつか僕らは消えるけど 子守歌は受け継がれる
歌は死ぬことはない 僕らの愛と同じく
ビリー・ジョエル ”Lullabye”
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