ハロウィンってずいぶん身近なものになりましたね。私が子どもの頃は、カレンダーに書いてあるのと、かぼちゃのおばけを目にしていたくらいで、お祝いの感覚はありませんでした。今の子どもたちには、ハロウィンパーティーや、まつわるイベントが多く、ハッピーハロウィンと言って祝う日の一つでもあるようです。
ハロウィンといえば、それぞれ扮装して、家々にお菓子をもらい歩く、その程度の知識しかありませんでした。でも歴史を辿れば、古くからの深い意味がありますね。今年もハロウィンにちなんだ様々なキャンペーンが、各業者で何ヶ月も前から取り入れられていました。広まるにつれて、意味よりも、表面的な祝い方のみが残っていきますが、それもまた一つの文化かもしれません。
まして魔女の歴史のなんと残酷なことか。そうした偏見の歴史の名残なのか、悪魔と近い存在として描かれた、悪者役で目にすることもあります。けれど、シンデレラを助けたり、時には奥様や、ドジで人間と近い存在であったり、必ずしも悪としてではなく、いろんな角度から描かれています。今では、多くの人たちにとって、魔法を使え、神秘的でありながらも、かわいくすてきな存在でもあるのでしょうね。
ハロウィンも終わり、今年もあと二ヶ月を切りました。
→デッサンギャラリーより「鳥と話す魔女」
この絵も高校生の時のノートの走り描き。空に近い場所として描いた、風景画1の裏面(どっちが表ということではないけれど)に描いてありました。少し手を加えて描き直してみました。
昔は自然の中で歌っていた楽器、
いつからか沈黙の中で佇んだまま。
チェロは繊細で野外で演奏する楽器ではないし、野ざらしなんてとんでもないけど、それを何かの象徴として、表裏の葛藤の中に置いたのかもしれません。青の中で、所在知られることなくただ佇むことしかできない悲しさを。自然と同化し行く、忘れられ行く心細さを。
デッサンギャラリーの「M.Mukaiとは」に、風景画1と一対の作品として並べて掛けています。
イスのデザインはインテリアショップで借りてきました。
アントチェア ブラック (jacobsen アルネ・ヤコブセン)


朝、窓を開けると、気持ちいい風が入ってきます。まだまだ暑いけど、秋を迎える準備が少しずつ始まっている気がしました。
高校生の時、授業中ノートに描いた走り描きを再現してみました。当時は同じような絵をたくさん描いていました。気が付いたら木を描き始めていて、丘(というかただ空に近い場所)があって、雲があって…そうした風景画、最後には小トトロや鳥などをその世界の住民として、根っこのそばに描きました。
人を描くことはあまりしませんでしたが、このノートの切れ端には、木陰に人を描いていました。(モデルはなく、抽象的な存在ですが、あえて当時のままのキャラクターを残しました。)当時はなぜか彼に、トランペットを持たせたくなりました。それが彼にとって、誇りなのか安らぎなのか、恋人なのかアイデンティティーなのかはわからないけれど、彼が悲しい時も嬉しい時も、いつも一緒にいるような存在であってほしいと思って。
雲をただ黙々と描くのが好き。その時の偶然が生んだ形、無限の可能性、時に重たく、時に輝いて空をレイアウトする。光の描き方は正直わかりません。だから影を描きます。影は光のないところに生まれないから。きっと光を見せてくれる。木や草、葉を描くのも好き。葉を一枚一枚描いていくうちに、大木の全貌が見えてきます。どんな大きな木も、その一枚から始まる。
光と影、自然の姿、たとえ描くものが空想であっても、それらを絵で表現するのに必要な理を、私はまだあまり知りません。デッサンの技術も研究も足りない。だからもっとたくさん本物を見て、空想の世界も創造していきたい。
☆この絵はデッサンギャラリーの一室、「M.Mukaiとは」に掛けています。足りないものはたくさんだけど、心の風景画として置いておこうと思います。スペースの都合で少し小さくなりましたが、当時のノートに裏表で描いていたものを複製して、連作っぽく並べてみました。よかったらぜひご覧ください。
中学生の時から、ノートの隅にはいつもラピュタが描いてありました。この絵はラピュタの園丁と同じく、高校生の時におえかき帳に描いたものです。初めて見たのは小学生の時。その時は全然興味がなく、見たか見てないかも覚えてないほどだったのに、中学の時に見たときから、空に、音楽に、話に夢中になっていました。
本編はもちろんだけれど、オープニング曲の初め、ピアノの音が響く瞬間がとてつもなく好き。そして、オープニングの曲の間に流れる映像が好き。文明の発展、手に入れたものと失ったもの、失って初めて気付く大切なもの。何度見ても感動します。
よくどんぐり共和国に行きます。ジブリグッズが売ってるお店。だいたいが見に行くだけなのですが、大人になってからラピュタグッズを少し買いました。ちょっとした花でも飾って、生活の空間を少しずつジブリ色に変えたいと思います。今日は雲がゆっくり流れる、日差しの温かい日でした。
高校生の時、鉛筆で手を描きました。小さな手、優しく包まないと泣き出してしまうから、大切に大切に。イメージで描いたので写実性には不安を残しているし、クロッキーに近い量感の浅さは感じますが、柔らかな気持ちを形に表わす努力をしていたように思います。手で、想いを表現できているでしょうか。

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