新進気鋭のカウンターテナー、Pjilippe Jaroussky。昨年の11月に来阪しました。初来日の時は大阪での演奏会がなく、遠方ということで仕事で断念しましたが、今回は逃せないと仕事も切り上げ見に行きました。
2009年11月10日(火)19:00/サンケイホールブリーゼ
Philippe Jaroussky&L’Arpeggiata
カウンターテナー/フィリップ・ジャルスキー
テオルボ/クリスティーナ・プルハル
リュート&バロックギター/エーロ・パルヴィアイネン
プサルタリー/マルギット・ウベルアッケル
バロック・ヴァイオリン/アレッサンドロ・タンピエリ
コルネット/ドロン・シャーウィン
パーカッション/ミシェル・クロード
チェンバロ/北御門はる
ヴォーカル/ルチッラ・ガレアッツィ
Vivaldi歌いとしてデビューしそのCD Virtuoso Cantatas ではコロラトゥーラに加え広い音域、器楽曲なのかと思わせるほどの長いフレーズも美しく歌い上げる、その演奏を聴いて衝撃を受けたことはよく覚えています。研究熱心で、紹介されるべき未知の作品をたくさん取り上げ、そのレパートリーも非常に幅広いです。
今回の演奏会、モンテヴェルディの有名な作品から、私が知らないだけか、あまり知られていない初期バロックの作品まで、古楽器との美しいハーモニーを聴かせてくれました。ジャルスキもラルッぺジャータも、独特の世界観で古楽の美しい作品を再現してくれていました。どこかヒーリングミュージックの雰囲気もありました。当時の様式や、時代背景なども、演奏をする上では重要なことですが、そうして演奏する人、聴く人が楽しみ、喜びを得ることが、きっと当時も切に求められたことでしょう。今後の活躍も来たいしています。
オペラの誕生・発展の重要な時期に活躍した作曲家、モンテヴェルディ。「ポッペアの戴冠(L’incoronazione di Poppea)」はオペラ史上最も重要といえる、彼の作品の一つ。先日バッハコレギウムジャパンにより、コンサートオペラとして上演されました。公演は東京でしたが、魅力的な演目に加え、豪華なキャストを見て「うわっ!聴きてえ…」と独り言を言った私は、一番良いとされる席のチケットをとりました。
パンフレットの中に、公演にあたってのお話がありました。
「たとえコンサート形式であっても、モンテヴェルディのオペラを楽しむためには舞台作りが必要。しかし今回は、芝居として上演するのではなく、モンテヴェルディの音楽を重視してあくまでもコンサートとして演奏することが目的なので、それに特化した舞台を作ろうと試みた」と。「舞台上の登場人物の互いの関係性を断ち切り、それぞれの登場人物が『個』として、純粋に音楽が求める表現のみを追求することを旨と」した舞台。いったいどんな舞台になるのかわくわくしました。歌い手は楽譜を持たず、オケはオケピットの中というのも上演が決まったときの条件だったようです。

幕があけて現れたのは透明感のある静かな舞台。天上と地上を表すかのように佇む山、オーケストラの演奏が静寂を破ったかと思うと、頂上に立つ神々の歌が会場に響き始めました。その山は字幕を写すスクリーンでもありました。
なるほど、個々の関わりによる芝居がオペラの重要な位置にあると思っていましたが、それを断ったときに露になる個の音楽の響き。でも単にコンサートとして歌われたのでは決して生まれないであろう響き。薄暗い舞台、静かな照明は、互いの関係断つとともに個を浮き立たせ。粗末な私の文で表現できるものでは決してありませんが。
単に映されるのではなく、FLASH技術を駆使した字幕の表現もすばらしかった。我々にはなじみのない言語、その言葉の響きを、そして言葉についた音楽を味わうために、演出家が意図したものでした。400年も前のオペラが、まるで現代芸術のような様相で、我々に静かに興奮を与えてくれました。
何よりモンテヴェルディの音楽によって表出された言葉、美しい音楽を、見事な表現で再現してくれた演奏家たち。言語の音楽化、彩る美しい装飾、それを最大限に生かす、ヴィヴラートのないクリアな声。それはけして無表情ということではなく。なんておもしろいんだろう。最後に演奏された二重唱「Pur ti miro」。相手への思いが欲望によるものであったとしても、神の手の中で操られていたものであったとしても、非常に美しい二重唱でした。
モンテヴェルディの二重唱、私もいつか演奏したい。
昨日、人形劇を見に行きました。クラルテという劇団による「火の鳥」。クラルテの舞台は4回目です。ここの人形劇は本当にすごい。まずおもしろいです。わくわくして、見ていて飽きがありません。感動もあり、ユーモアもあり、メッセージがあり。
「なんのために人間は生まれたのか。」幸せとは何か。その生に一生懸命になれないで幸せになれるだろうか。永遠の命を得ることに、争うことに、復習することに一生懸命で、何を幸せと呼べるのか。与えられた短い生で、いかに喜び、また与えることができるか。
どんな形であれ、人の心を揺り動かす舞台はすごいと思います。また見に行きたい。
気がつけば2009年。今年は後期バロックの巨匠、ヘンデルの没後250年。同年に生まれた、双璧バッハが一つの泉であれば、ヘンデルはモンテヴェルディからモーツァルトへの音楽の変遷の流れを担うオペラ作曲家。バッハとヘンデル、二人はよく並べられるけれど、おもしろいことにまるで違う。同じ宗教作品を描いても、なんだかヘンデルの作品は、バッハの厳格なそれと違って、とても華やかに聞こえる。
ただ二人ともが、バロック時代の音楽を極めた巨匠の一人であることには違いない。
今日はヘンデルの誕生日。
Posted by M.Mukai on 12月 25th, 2008

「お告げ」フラ・アンジェリコ
テレマンアンサンブルによる、バッハのクリスマスオラトリオを聴きに行きました。宗教作品を多く残したバッハですが、中でもバッハの4大宗教作品と呼ばれるものの一つです。全6部の作品ですが、今回は1〜3部と5、6部からの抜粋でした。古楽器の演奏がとても美しかったです。管弦楽器の共鳴、和音を豊かにする通奏低音、栄光を讃えるトランペットの咆哮。昨年は一人で行きましたが、今回は知人と行くことができ、前より温かい気持ちになりました。人と会うって幸せなことですね。?
音楽を聴くのもそうですが、宗教的なことを考える機会が最近多いです。困った時の神頼みでもないですが。でも神様に何かお願いするというより、マリア様が、すべてを信じて、天使の前で祈った祈りが好きです。
「お言葉通りこの身に成りますように。」

先日小さなギャラリーでバッハ音楽を聴きました。小編成のアンサンブル、愛好家が音楽を楽しみにくる空間、休憩にはワインを嗜む人も。こうして昔は日々音楽を楽しむ時間があったのだろうなと、バッハの音楽を楽しんだのでした。教会音楽やソナタなんかはしっかり用意された場所で演奏されたんでしょうけれど、日々のサロンでは何の準備もしないで、そこに居合わせたリュート弾きや歌が好きな人が楽譜をぺらぺらめくりながら、「これやってみましょうよ。」って感じで演奏してみたり、そこにあったチェンバロで弾き語ってみたり、自分の曲を披露してみたり、音楽をその時その時でお酒を飲みながら楽しむこともあったんでしょう。
私は演奏会後に、もったいなくも演奏家のみなさんと一緒に話す機会をもらい、ワインもいただきました。音楽の話、活動の話、居合わせた歌い手(私も入れていただきました)がたまたま誰かが持っていた楽譜をみて演奏してみたり。楽器も片付いた明るいギャラリーでゆっくりと過ごしたのでした。
Recent Comments