昨日、人形劇を見に行きました。クラルテという劇団による「火の鳥」。クラルテの舞台は4回目です。ここの人形劇は本当にすごい。まずおもしろいです。わくわくして、見ていて飽きがありません。感動もあり、ユーモアもあり、メッセージがあり。
「なんのために人間は生まれたのか。」幸せとは何か。その生に一生懸命になれないで幸せになれるだろうか。永遠の命を得ることに、争うことに、復習することに一生懸命で、何を幸せと呼べるのか。与えられた短い生で、いかに喜び、また与えることができるか。
どんな形であれ、人の心を揺り動かす舞台はすごいと思います。また見に行きたい。
気がつけば2009年。今年は後期バロックの巨匠、ヘンデルの没後250年。同年に生まれた、双璧バッハが一つの泉であれば、ヘンデルはモンテヴェルディからモーツァルトへの音楽の変遷の流れを担うオペラ作曲家。バッハとヘンデル、二人はよく並べられるけれど、おもしろいことにまるで違う。同じ宗教作品を描いても、なんだかヘンデルの作品は、バッハの厳格なそれと違って、とても華やかに聞こえる。
ただ二人ともが、バロック時代の音楽を極めた巨匠の一人であることには違いない。
今日はヘンデルの誕生日。
Posted by M.Mukai on 12月 25th, 2008

「お告げ」フラ・アンジェリコ
テレマンアンサンブルによる、バッハのクリスマスオラトリオを聴きに行きました。宗教作品を多く残したバッハですが、中でもバッハの4大宗教作品と呼ばれるものの一つです。全6部の作品ですが、今回は1〜3部と5、6部からの抜粋でした。古楽器の演奏がとても美しかったです。管弦楽器の共鳴、和音を豊かにする通奏低音、栄光を讃えるトランペットの咆哮。昨年は一人で行きましたが、今回は知人と行くことができ、前より温かい気持ちになりました。人と会うって幸せなことですね。
音楽を聴くのもそうですが、宗教的なことを考える機会が最近多いです。困った時の神頼みでもないですが。でも神様に何かお願いするというより、マリア様が、すべてを信じて、天使の前で祈った祈りが好きです。
「お言葉通りこの身に成りますように。」
20代半ばでベテラン、フィギュアスケートってすごい世界ですね。どこかピアノやヴァイオリンの世界に通ずるものがあるかもしれないけれど、衰えの時期を思うとものすごく過酷な世界。音楽家と同じで年を重ねることでできる演技もあるのだろうけれど、ある意味成長し続ける音楽家と違ってその年齢の幅が狭すぎる。だからこそ若い人にも早くから多くを求められるのだと思う。
浅田真央さん、なんて表現力のある芸術家だろう。そんな世界で頂点にいる人。ジャンプとか派手な技はするだけでもすごいけど、そんな技でさえ勢いだけでなくて、とても美しくて。それに一つ一つのステップがきれいで、そんな技巧的な動きの魅せ方に感嘆する。かといって技巧に頼りすぎることなく、ゆるやかな動きでも観衆を魅了するのがすごい。あんなに若いのに技巧的でも”美しい”演技をする…Hilary Hahn や Philippe Jaroussky の演奏に似ている。
今日電車に乗って、車窓から海が見えるところまで行きました。海を見るとなんだかどきどきします。海、はじまりで終わり。我々人間にはただ大きい、メール、バッハ、今日はバッハの誕生日。

先日小さなギャラリーでバッハ音楽を聴きました。小編成のアンサンブル、愛好家が音楽を楽しみにくる空間、休憩にはワインを嗜む人も。こうして昔は日々音楽を楽しむ時間があったのだろうなと、バッハの音楽を楽しんだのでした。教会音楽やソナタなんかはしっかり用意された場所で演奏されたんでしょうけれど、日々のサロンでは何の準備もしないで、そこに居合わせたリュート弾きや歌が好きな人が楽譜をぺらぺらめくりながら、「これやってみましょうよ。」って感じで演奏してみたり、そこにあったチェンバロで弾き語ってみたり、自分の曲を披露してみたり、音楽をその時その時でお酒を飲みながら楽しむこともあったんでしょう。
私は演奏会後に、もったいなくも演奏家のみなさんと一緒に話す機会をもらい、ワインもいただきました。音楽の話、活動の話、居合わせた歌い手(私も入れていただきました)がたまたま誰かが持っていた楽譜をみて演奏してみたり。楽器も片付いた明るいギャラリーでゆっくりと過ごしたのでした。
2005年9月17日(土)、神戸松蔭女子学院大学チャペルにて、バッハコレギウムジャパンによるバッハのソロカンタータの演奏会が行われました。
オープニングは「カンタータ第35番(アルト独唱)」。第1曲の華やかなオルガン協奏曲で演奏会の幕が上がりました。指揮者の棒が静寂を打ち破った瞬間から心を奪われてしまった。オルガンを弾きながら指揮をしていたのは鈴木雅明氏。現代の巨匠を見ながら、300年前のバッハの姿を想像しました。
続くプログラムは「カンタータ第51番(ソプラノ独唱)」、「ペルゴレージ『スターバト・マーテル』のバッハによる編曲、詩編第51編《拭い去りたまえ、いと高き御神よ》」。ソプラノとアルト(カウンターテナー)のカンタータに加え、二重唱、それもペルゴレージとバッハという、二人の巨匠によって完成された楽曲が演奏される、非常に贅沢な演奏会でした。
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ところがそれだけでなく、一曲プログラムに追加されていました。
今年6月7日、若い研究者によってバッハの自筆譜が発見されました。1713年10月にヴィルヘルム・エルンスト公の誕生日プレゼントのために作られたソプラノと小アンサンブルによるアリア。バッハの未知の声楽作品の発見は1935年以来70年ぶりだといいます。その日プログラムに加えられたのは、300年の時を経て日本に渡ってきた、幻の楽曲でした。
昔、人々に愛されていたであろうそのアリアは非常に美しく、いつまでも聴いていたいという感情にかられました。私は奇遇にも、300年前の作品が、日本で初演されるその場に居合わせたのでした。
すばらしい演奏と、新しい歴史に出会えた喜びは、演奏会が終わった後もしばらく残っていました。
バッハを「バッハ(小川)ではなくメール(大海)」と呼んだのは、楽聖ベートーヴェンでした。今、私はただ砂浜から美しく計り知れない大海を眺めています。いつかこの大海原を自由に泳ぎたいという想いを秘めつつ。
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