Posted by M.Mukai on 10月 31st, 2010
久々に発熱しました。ぼうっと横になりながら、日曜夕方6時のschola<スコラ>坂本龍一 音楽の学校という番組を興味深く見ていました。坂本龍一氏が、音楽を志す中高生を対象にワークショップ、有識者との対談、子どもたちも、話を聞き、演奏し、より音楽との関わりを深めていく授業(?)が展開されます。今日はバッハが取り上げられていました。当時特に求められた音楽を「0からの作曲」ではなく、「すでにある曲をどうアレンジするか」と言っていたのが印象的でした。なるほど、当時の作曲家たちが、たくさんの編曲やパロディを残していることとぴったり合う言葉でした。バッハのコラールを題材にした作曲も数しれません。
ヘンデルも自身の独唱曲を二重唱にしたり、二重唱を合唱にしたり、リコーダーの曲をフルートの曲に使ったり、そうすることが当然のように行っています。ペルゴレージのスタバトマーテルを、バッハが歌詞を変え(パロディ)、手を加えて別の曲として発表したことも非常に興味深いです。以前書いたと思いますが、私にとって、クリスマスオラトリオの終曲を初めて聴いたときの衝撃は忘れられません。
音楽を志す中高生にとって、このような番組に出演できることは、本当にすばらしい機会だなと、羨ましくも思いました。来週はジャズについて放送されるそうです。
昨日、人形劇を見に行きました。クラルテという劇団による「火の鳥」。クラルテの舞台は4回目です。ここの人形劇は本当にすごい。まずおもしろいです。わくわくして、見ていて飽きがありません。感動もあり、ユーモアもあり、メッセージがあり。
「なんのために人間は生まれたのか。」幸せとは何か。その生に一生懸命になれないで幸せになれるだろうか。永遠の命を得ることに、争うことに、復習することに一生懸命で、何を幸せと呼べるのか。与えられた短い生で、いかに喜び、また与えることができるか。
どんな形であれ、人の心を揺り動かす舞台はすごいと思います。また見に行きたい。
気がつけば2009年。今年は後期バロックの巨匠、ヘンデルの没後250年。同年に生まれた、双璧バッハが一つの泉であれば、ヘンデルはモンテヴェルディからモーツァルトへの音楽の変遷の流れを担うオペラ作曲家。バッハとヘンデル、二人はよく並べられるけれど、おもしろいことにまるで違う。同じ宗教作品を描いても、なんだかヘンデルの作品は、バッハの厳格なそれと違って、とても華やかに聞こえる。
ただ二人ともが、バロック時代の音楽を極めた巨匠の一人であることには違いない。
今日はヘンデルの誕生日。
Posted by M.Mukai on 12月 25th, 2008

「お告げ」フラ・アンジェリコ
テレマンアンサンブルによる、バッハのクリスマスオラトリオを聴きに行きました。宗教作品を多く残したバッハですが、中でもバッハの4大宗教作品と呼ばれるものの一つです。全6部の作品ですが、今回は1〜3部と5、6部からの抜粋でした。古楽器の演奏がとても美しかったです。管弦楽器の共鳴、和音を豊かにする通奏低音、栄光を讃えるトランペットの咆哮。昨年は一人で行きましたが、今回は知人と行くことができ、前より温かい気持ちになりました。人と会うって幸せなことですね。
音楽を聴くのもそうですが、宗教的なことを考える機会が最近多いです。困った時の神頼みでもないですが。でも神様に何かお願いするというより、マリア様が、すべてを信じて、天使の前で祈った祈りが好きです。
「お言葉通りこの身に成りますように。」
20代半ばでベテラン、フィギュアスケートってすごい世界ですね。どこかピアノやヴァイオリンの世界に通ずるものがあるかもしれないけれど、衰えの時期を思うとものすごく過酷な世界。音楽家と同じで年を重ねることでできる演技もあるのだろうけれど、ある意味成長し続ける音楽家と違ってその年齢の幅が狭すぎる。だからこそ若い人にも早くから多くを求められるのだと思う。
浅田真央さん、なんて表現力のある芸術家だろう。そんな世界で頂点にいる人。ジャンプとか派手な技はするだけでもすごいけど、そんな技でさえ勢いだけでなくて、とても美しくて。それに一つ一つのステップがきれいで、そんな技巧的な動きの魅せ方に感嘆する。かといって技巧に頼りすぎることなく、ゆるやかな動きでも観衆を魅了するのがすごい。あんなに若いのに技巧的でも”美しい”演技をする…Hilary Hahn や Philippe Jaroussky の演奏に似ている。
今日電車に乗って、車窓から海が見えるところまで行きました。海を見るとなんだかどきどきします。海、はじまりで終わり。我々人間にはただ大きい、メール、バッハ、今日はバッハの誕生日。

先日小さなギャラリーでバッハ音楽を聴きました。小編成のアンサンブル、愛好家が音楽を楽しみにくる空間、休憩にはワインを嗜む人も。こうして昔は日々音楽を楽しむ時間があったのだろうなと、バッハの音楽を楽しんだのでした。教会音楽やソナタなんかはしっかり用意された場所で演奏されたんでしょうけれど、日々のサロンでは何の準備もしないで、そこに居合わせたリュート弾きや歌が好きな人が楽譜をぺらぺらめくりながら、「これやってみましょうよ。」って感じで演奏してみたり、そこにあったチェンバロで弾き語ってみたり、自分の曲を披露してみたり、音楽をその時その時でお酒を飲みながら楽しむこともあったんでしょう。
私は演奏会後に、もったいなくも演奏家のみなさんと一緒に話す機会をもらい、ワインもいただきました。音楽の話、活動の話、居合わせた歌い手(私も入れていただきました)がたまたま誰かが持っていた楽譜をみて演奏してみたり。楽器も片付いた明るいギャラリーでゆっくりと過ごしたのでした。
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