相変わらず短期間のつもりで、この一日、この一時間と、目の前のことしか考えていませんが、そうして始めた仕事も、数年になろうとしています。
いつまでも新人でいたいのだけれど、環境がそれを許してくれません。でもやっぱり何も知らない新人として、たくさん吸収できる柔らかい心で勤めたい。たくさん盗みながら学んでいきたい。最後に選ぶのは自分だとしてもたくさん引き出しに取り込みたい。
失敗はたくさんです。いくら誠意を表しても受け入れられないこともあります。でも失敗から学ぶことは本当に大きい。つい相手のせいにしてしまいそうになりますが、やっぱり何か自分に足りないものがあっての失敗です。「無駄な経験なんてものは何一つない」とよく言われます。冷静にふり返れば、全てが自分の学びで糧です。辛かったことも悲しかったことも。
自分がつかわされた一日に力を注ぎ、ただそれを積み重ねるだけ。
天声人語に、「青い窓」という児童詩誌からの言葉が。
自分は素晴らしい人間ではないが、人を大切に思うとき、人を愛する時に、
誰もが与えられた人間の素晴らしさを発揮できるのであれば、
今それを輝かせなければいけません。
自分の無力さを思い知ります。
ただ祈ることしかできません。
無事であった自分が言葉にすることを迷いつつ、
子どもたちと一緒にできることを探しながら、
ただ祈ることしか。
それでも、
子どもたちの心からの祈りが、
少しずつの力が、
届いてほしいと思う。
ずいぶんと寒い日が続きます。私が住む町も静かに雪が積もりました。雪が降ると少し嬉しくなった子どものころの気持ちは、今も少し残っています。実際は寒いし、昔程身体は軽くないし…慣れていない私にとっては危ないこともあって、必ずしも嬉しいものではないかもしれません。ただ、雪に触れて心が澄んでいく感じは、今も変わらず残っているようです。

何かをしたいわけではないのだけれど、その時にしか見られない世界に触れたくて、少し歩きました。さんぽをしていると、あちこちの玄関に小さな雪だるまが座っていました。子どもたちの楽しそうな姿がうかんできます。私も昔、そうであったかもしれない。いつかは溶けてしまうのだけれど、そうしてその一時に躍らせた心を、いつまでも覚えていたい。
歌曲王シューベルト(1797-1828)が残した、最高の歌曲集の一つ「冬の旅」。松原友さんのテノールリサイタルでの演目でした。ピアノは小林道夫氏。10年前に交わされた約束の実現でした。
「10年経って君が、シューベルトが『冬の旅』を作った年齢になったら一緒に演奏しよう。」
1月31日のシューベルトの誕生日に合わせて行われたリサイタル。師弟の絆、信頼が、なんとも美しい音楽となってホールに響きました。
冬の旅を初めて全曲聞いたのは、ある番組でボストリッジが歌ったものでした。クラシックの名曲に興味が湧き、常に何かを音楽から得ようと思っていた学生時代、よくクラシック番組を見ていました。その「冬の旅」は背景が真っ白な場所で、普通の演奏会とは違う演出の中歌われていました。当時の私には難しすぎたようで、なんだかよくわからなかったという気持ちだけが残りました。
あれから数年が経ち、私もその年に近づいてきました。今の自分にとって、「冬の旅」は非常に刺激的でした。冷たい足音のように、ピアノが音楽を刻み始めた瞬間から、ハーディガーディの空虚なオスティナートで幕を閉じるまで。
すばらしい10年を歩んでこられたのだなと、感動とともに、自分の10年をふり返りました。過ぎたものは戻らないけれど、これからの10年、いやそう欲張らず、まずはこの一日、私も音楽と向かい合いたいと思いました。
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