Posted by M.Mukai on 12月 26th, 2009
私の家の近くでは、クリスマスの装飾も早速に片付けられています。25日は、ザ・フェニックスホールで「王宮のコンセール」と題された演奏会にいきました。バロックダンス、古楽器の演奏、独唱・二重唱もあり、とても楽しい演奏会でした。ヘンデル没後250年の締めくくり、プログラムにはヘンデルがたくさん盛り込まれていました。アンコールには「もろびとこぞりて」も。
メサイアの合唱のもとになったイタリアンデュエット。不協和と協和の綾がやっぱり美しいものでした。そのハーモニーを最大限に生かす声のなせるわざであったように思います。
19日演奏会がありました。Vocal Ensemble Ossa 第一回演奏会。たくさんのご来場ありがとうございました。本番を一度踏むことは、数十回分の練習の価値があると以前言われました。舞台に立つことで見えることがたくさんあります。特に自分に足りないものがよく見えます。そしてまた挑戦が始まります。きっとそうした挑戦は一生続くのだろうと思います。これからの活動を温かく見守っていただければ幸いです。
日時:2009年9月12日(土)15:00開演
場所:京都青山音楽記念館 バロックザール
入場料:前売3000円/当日3500円
プログラム:
ファニー・メンデルスゾーン「非難」「ズライカに」
クララ・シューマン「彼は嵐と雨の中やってきた」
「美しさゆえに愛するのなら」
ポリーヌ・ヴィアルド「アイ・リュリ」
ロドリーゴ、ドニゼッティ、ベッリーニのアリア、歌曲 他
演奏者プロフィール:
広島大学教育学部音楽家を首席で卒業後、東京学芸大学大学院修了。大学院在学中は同時に二期会オペラスタジオ研究生。ドイツ、シュトゥットガルト音楽大学、オランダ王立ユトレヒト音楽院に学んだソプラノ。リサイタルや多数の演奏会に出演し好評を博す。
2001年アメリカにて、音楽家に動きや身体の情報「コナブルのボディ・マッピング」を指導する資格を取得。
02年より「アンドーヴァー・エジュケーターズ」として活動を開始。AEコース「音楽家ならだれでも知っておきたい『からだ』のこと」は全国から依頼があり、高い評価を得ている。
声のことで悩んでいた時に、アレクサンダー・テクニークという言葉を聞きました。「音楽家ならだれでも知っておきたい『からだ』のこと・『呼吸』のこと」という本も出ています。実際に本を見てはみたものの、私には実際に身体をどう使えば、演奏家としてよいのかがわかりませんでした。そんな時に川井弘子先生のレッスンや講習を受け、身体の可能性の大きさに気がついたのでした。
誰かが、「歌手というのは洞窟の中にいる目の見えない人がトンネルの向こうのかすかな光を探し求めているようなもの」と言っていました。良い指導者、演奏者がその光の見つけ方を教えてくれます。身体を使って歌うということの意味を学べる演奏会であると思います。興味があられましたらご連絡ください。
数年前、フランス/パリに行ったことがあります。見るもの一つひとつに感動したことを覚えています。教会や史跡も日本には見られない佇まいでそこにありました。もちろん美術館にもいくつか行きました。ロダン・ピカソ・オルセー・オランジュリー…パリだけでも数十に及ぶ美術館があり、すべてを回るには時間がありませんでしたが、その一部分だけでもとても楽しく巡ることができました。そして、もっとも有名な美術館の一つルーブル美術館。誰もが一度は写真やテレビで見たことがあるであろう、巨匠たちの作品の数々が並んでいました。
一番印象にのこっているのがモナリザです。展示された部屋に入り、人々が群がるその作品を見つけた瞬間、そのオーラに鳥肌が立ちました。一説によればモナリザは盗難にあい、今ルーブルに置かれているものがフェイク(贋作)だとも言われています。が、仮にそうだとしても、本物と同じものとして人々を騙し続けるその作品に込められた、フェイク画家の魂は、本物に勝るとも劣らない何かがあるのでしょう。
6/23〜9/23、大阪中之島の国立国際美術館にて、ルーブル美術館展が開催され、ルーブル美術館の作品200点が来日します。これからますます暑い日々が続きますが、都会のオアシスで、美しい作品に触れる一時をもちたいと思います。
オペラの誕生・発展の重要な時期に活躍した作曲家、モンテヴェルディ。「ポッペアの戴冠(L’incoronazione di Poppea)」はオペラ史上最も重要といえる、彼の作品の一つ。先日バッハコレギウムジャパンにより、コンサートオペラとして上演されました。公演は東京でしたが、魅力的な演目に加え、豪華なキャストを見て「うわっ!聴きてえ…」と独り言を言った私は、一番良いとされる席のチケットをとりました。
パンフレットの中に、公演にあたってのお話がありました。
「たとえコンサート形式であっても、モンテヴェルディのオペラを楽しむためには舞台作りが必要。しかし今回は、芝居として上演するのではなく、モンテヴェルディの音楽を重視してあくまでもコンサートとして演奏することが目的なので、それに特化した舞台を作ろうと試みた」と。「舞台上の登場人物の互いの関係性を断ち切り、それぞれの登場人物が『個』として、純粋に音楽が求める表現のみを追求することを旨と」した舞台。いったいどんな舞台になるのかわくわくしました。歌い手は楽譜を持たず、オケはオケピットの中というのも上演が決まったときの条件だったようです。

幕があけて現れたのは透明感のある静かな舞台。天上と地上を表すかのように佇む山、オーケストラの演奏が静寂を破ったかと思うと、頂上に立つ神々の歌が会場に響き始めました。その山は字幕を写すスクリーンでもありました。
なるほど、個々の関わりによる芝居がオペラの重要な位置にあると思っていましたが、それを断ったときに露になる個の音楽の響き。でも単にコンサートとして歌われたのでは決して生まれないであろう響き。薄暗い舞台、静かな照明は、互いの関係断つとともに個を浮き立たせ。粗末な私の文で表現できるものでは決してありませんが。
単に映されるのではなく、FLASH技術を駆使した字幕の表現もすばらしかった。我々にはなじみのない言語、その言葉の響きを、そして言葉についた音楽を味わうために、演出家が意図したものでした。400年も前のオペラが、まるで現代芸術のような様相で、我々に静かに興奮を与えてくれました。
何よりモンテヴェルディの音楽によって表出された言葉、美しい音楽を、見事な表現で再現してくれた演奏家たち。言語の音楽化、彩る美しい装飾、それを最大限に生かす、ヴィヴラートのないクリアな声。それはけして無表情ということではなく。なんておもしろいんだろう。最後に演奏された二重唱「Pur ti miro」。相手への思いが欲望によるものであったとしても、神の手の中で操られていたものであったとしても、非常に美しい二重唱でした。
モンテヴェルディの二重唱、私もいつか演奏したい。

子どもの頃、砂場で山を作ってトンネルを作ったり、川を流したりしませんでしたか?泥団子も、濡らしたり乾かしたりしながら、固くきれいな団子を作ろうと努力していたと思います。砂でものを作るのってとても楽しかった気がします。
先日鳥取に行き、初めて砂丘を見ました。やわらかくきれいな砂を踏んで歩きました。砂丘を超えて臨んだ海もまた大きく美しかった。ずいぶんと久しぶりに大きな景色に触れ、心が落ち着きました。何もないのだけれど、そんな場所だからこそ感じる安らぎでした。

近くで開催されていたのが世界砂像フェスティバル。砂丘の砂で作られた、なんとも繊細でダイナミックな作品が並んでいました。雨が降っていたのですが、崩れることなくそこに佇む砂の作品たち。決して永遠に保たれる芸術ではないのですが、砂というもろく弱い材料を使って、芸術家たちが自らの魂を表現しようとしていたように思いました。彼らの魂がひしひしと感じられる、そんな空間が広がっていました。
ゴールデンウィークが始まります。もう始めている方もおられるかもしれませんが、何か優しいものに触れ、美しいものに触れ、心を静かに過ごす時間を持つことができる休日になるとよいですね。みなさん良い休日をお過ごしください。
世界砂像フェスティバル 5月31日まで
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