非常に珍しいということで、世間で話題になっていました。それを見たからといって、何か自分に影響があったかどうかはわかりません。見逃していたとしても、映像だけならテレビで立派なものを見せてくれています。
職場で見るつもりでいつも通り出勤しました。自転車で通勤しながら、街角で空を見るたくさんの人を見ました。通学前の子ども、家族、近所の人と集まる仲間、通勤中の人、夫婦。それぞれの居場所からみんな太陽の金環を待っていました。普段別々の方向を向いて過ごしている多くの人たちが、その瞬間に同じ空を眺めている風景を見て、何かこみ上げるものがありました。
地球、太陽、月が重なり、太陽が月の影に隠れる…この大きな宇宙にある、なんと壮大な関わり合いでしょう。そんな関わり合いの一部にはやはり心打たれるものがあったように思います。何よりその時間をそこに集まった人たちと楽しく過ごせたことに、私は価値を感じます。
夏らしい、青を雲がレイアウトする空の中、洗濯をするのはとても気持ちがよいです。そこから見える。大きな空がとてもきれいです。
ちょっと外にでかけると、その暑さにまいってしまいます。ジリジリと肌がこげているようです。熱中症にも注意しないと。でも室内での熱中症もとても多いと聞きます。
ゲリラ豪雨もそうですが、年々季節の様子が変わってきているように思います。私たちはそこから何か学ばなければなりません。自分にできることは何なのか。何を必要とされているのか。美しいものを美しいまま未来に残していきたいです。何より皆様健康に日々お過ごしください。
Posted by M.Mukai on 11月 16th, 2008
押し入れで探し物をしていると、持ち上げた大きな封筒から音楽が流れました。
「HappyBirthday to you」
確か中学生か高校生の時にもらった、ボタンを押せば音楽が流れるバースデーカード。記憶をたどれば、描かれたねずみたちの絵が思い浮かびます。ちょっと日は遅れたけど、時は流れても、誕生日を祝うことを覚えていてくれました。
まだ置いてあったことに驚きましたが、封筒の中で流れる音楽だけ聴いて、また元の場所にしまいました。その大きな封筒には見てはいけないものがつまっている気がして。
秋の空、移ろいやすく、すぐに変わってしまう。けれど雲の向こうには、澄みわたり、きっと変わらないものがあるのだと思う。
Posted by M.Mukai on 10月 11th, 2008
「そろそろ何も見えないな…」まだ夕方の6時前、
ペンを置いてため息をつきました。
ふと窓の外に目がいって、静かにやって来た夜に気付く。
暗くなりきらない空から、少し欠けた月が、
灯りの消えた教室をのぞきこんでいます。
矢野顕子さんが歌う。
静かに夜がくる。
義なるものの上にも、
不義なるものの上にも…
みんなの上に。
夜明けの来ない夜はないとか
暗い夜もいつか明けるとかいいますが、
私には明けてほしくない夜も、
きてほしい安らかな夜もあります。
昔、誰かが言いました。
「月は太陽にわけてもらった光を、
私たちにもわけてくれている。」
静かに、でも優しく生きる。
私もそんな月になりたい。
この絵も高校生の時のノートの走り描き。空に近い場所として描いた、風景画1の裏面(どっちが表ということではないけれど)に描いてありました。少し手を加えて描き直してみました。
昔は自然の中で歌っていた楽器、
いつからか沈黙の中で佇んだまま。
チェロは繊細で野外で演奏する楽器ではないし、野ざらしなんてとんでもないけど、それを何かの象徴として、表裏の葛藤の中に置いたのかもしれません。青の中で、所在知られることなくただ佇むことしかできない悲しさを。自然と同化し行く、忘れられ行く心細さを。
デッサンギャラリーの「M.Mukaiとは」に、風景画1と一対の作品として並べて掛けています。
イスのデザインはインテリアショップで借りてきました。
アントチェア ブラック (jacobsen アルネ・ヤコブセン)

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