二世タレントと呼ばれる方たちがいます。親がその世界で活躍し、自身もまたその道を選び挑戦する。親に影響され、その姿を見て憧れ、追いかけた結果でしょう。
テレビでは時に、二世タレントという言葉は、七光りのようなニュアンスで取り上げられることがあります。確かに私も子どもの頃、きらびやかな面だけを見て、自分の親が芸能人だったら…などと考えたことがあったかもしれません。
先日、長嶋一茂さんがテレビで話していました。当たり前のことだけど、大切なことをおっしゃいました。
「二世って言うけど、考えてみればみんな二世だと思うんだよね。みんな何かしら親の恩恵を受けているんだよ。」
とても新鮮に心に入ってきました。与えられているものは計り知れない。道を選ぶのは自分自身と思う。でもその道を選べたということは恵みであると思う。
先日帰ったら、魔女の宅急便が放送されていました。途中魔法が使えなくなったキキが、ウルスラのアトリエで絵のモデルになるシーン。何度も見たはずが、二人の会話がとても印象的でした。
「魔法も絵も似てるんだね。あたしもよく描けなくなるよ。」
「ほんと!?そういう時どうするの?
わたし前はなにも考えなくてもとべたの…
今はどうやってとべたのかわからなくなっちゃった。」
「そういう時はジタバタするしかないよ。
描いて描いて描きまくる!」
「でもやっぱりとべなかったら。」
「描くのをやめる。散歩したり景色を見たり昼寝したり…なにもしない。
そのうちに急に描きたくなるんだよ。」
「なるかしら。」…
何も考えずにできていたことが、急にできなくなる。そんな風に誰もが躓いて、悩んで、時に大切な想いを失いそうになるのでしょう。がむしゃらにジタバタしても、どんどん分からなくなって…やめてしまうのも勇気がいります。でも本当に大切であれば、絵描きの血が流れていれば、きっとまた描きたくなる。魔女の血、絵描きの血…神様かだれかがくれた力。苦労もするけれど。
絵描きも、魔女も、パン職人も、音楽家も。
誰かとのステキな出会いが、誰かのステキな言葉が、そんな苦悩から救ってくれることもあります。そんな道しるべに出会わせてくれるのは諦めない心でしょうか。
相変わらず短期間のつもりで、この一日、この一時間と、目の前のことしか考えていませんが、そうして始めた仕事も、数年になろうとしています。
いつまでも新人でいたいのだけれど、環境がそれを許してくれません。でもやっぱり何も知らない新人として、たくさん吸収できる柔らかい心で勤めたい。たくさん盗みながら学んでいきたい。最後に選ぶのは自分だとしてもたくさん引き出しに取り込みたい。
失敗はたくさんです。いくら誠意を表しても受け入れられないこともあります。でも失敗から学ぶことは本当に大きい。つい相手のせいにしてしまいそうになりますが、やっぱり何か自分に足りないものがあっての失敗です。「無駄な経験なんてものは何一つない」とよく言われます。冷静にふり返れば、全てが自分の学びで糧です。辛かったことも悲しかったことも。
自分がつかわされた一日に力を注ぎ、ただそれを積み重ねるだけ。
天声人語に、「青い窓」という児童詩誌からの言葉が。
自分は素晴らしい人間ではないが、人を大切に思うとき、人を愛する時に、
誰もが与えられた人間の素晴らしさを発揮できるのであれば、
今それを輝かせなければいけません。
自分の無力さを思い知ります。
ただ祈ることしかできません。
無事であった自分が言葉にすることを迷いつつ、
子どもたちと一緒にできることを探しながら、
ただ祈ることしか。
それでも、
子どもたちの心からの祈りが、
少しずつの力が、
届いてほしいと思う。
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