昨日開会式がありました。サッカーはオリンピックの開催期間内に収まらず既に予選が始まっていますが、開会式を持ってオリンピックが幕を開けました。

 開会式、内容や演出に関して感動というより、それを作ろうと努力をしてきた人たちのドラマを思い、心を打たれます。あれだけ多くの人がまとまり、開会式という一つの作品を作り上げるためにどれだけの苦労があったか、想像を絶するものがありますね。監督や演出、個人演技で責任を与えられた人たちが背負ったものはもちろん、映像に個人として映らないような一人一人のドラマにもすごく興味があります。中には毎日練習から帰っては家で家族に練習の様子を報告していた子どもや、練習から帰ってもさらに一人で練習していた子ども、仕事しながらも、夢の舞台の一部を彩るため毎日寝る間を惜しんで練習した人、暑い中の練習も楽しくて日常の辛いことも全部忘れて取り組んできた人、家族や友人が出演することを本人と同じように喜んで応援してきた家族や仲間、表には出ないけれど開会式がうまくいくように、裏で支えているたくさんな人たち…観客に見えるのはほんの一瞬の成果だけかもしれないけれど、その一瞬に映る笑顔や真剣な眼差し、個人としては映らなくても、鳩の翼や、円の一部として、準備や裏方として自分に与えられた役割を一生懸命に演じ、務める人たち。そうして生まれた開会式という美しい作品、そこにたどり着くまでのドラマを想像して、ただただ感動しました。

 競技も同じようなことを感じながら見ています。メダルを期待されてる人がいれば、力や実績的には、メダルの候補としては注目されていない選手まで、それぞれに背負ってるものがありドラマがあります。勝ち負けも気にはなるし、日本の選手が良い成績を残したら嬉しい。でも、開会式でもいろんな表情で入場してくる選手を見ながら、それぞれの選手のベストが尽くせたらいいなってそんな気持ちになりました。

マラソン 今日もいくつかの競技が終わって、その結果に選手はもちろん、自分のことのように一生懸命応援し、拍手や歓声、結果が期待通りではない時にも、健闘に惜しみない称賛を送るサポーターの人たち、その一時一時に様々な感情があるかと思います。同じ入賞でも、自分のベストを尽くせて嬉しい結果であったか、メダルを目指していての結果であったかで違う。同じ一回戦敗退でも出場できて舞台に立てた喜びの中での結果か、メダルを目指していての結果かで違うし、同じ銅メダルでも、表彰台に立てるものすごく嬉しい結果であったか、金を目指していての結果であったかで思いはきっと違う。そんなそれぞれの思いがあるからこそ一つ一つの競技がとても感動的です。
デッサンギャラリーより「二位でゴールした瞬間のマラソン選手」

 政治的なこととか、テロのことで開催前から今回のオリンピックは騒がれていました。みんなの感情すべてが納得いくような形にはならないかもしれない。それでも、中国で初めてのオリンピックを楽しみにしている中国の人たち、一つ所に集まってオリンピックの開催を喜ぶいろんな国の人たち。全ての人とは言えないかもしれないけれど、そうした喜びの機会であり、また喜びだけではない、様々な気持ちがあるということを気付かせてくれる機会でもある大会が、無事に終わってほしい。