ジョバンニ・アレヴィ

Posted by Y on 11月 23rd, 2010

「音楽はどこにありますか。」

 そんな問いかけにどのように答えましょう。心の中、頭の中、空間、宇宙、哲学的な答えはどこまでも広がりそうです。

 ある作曲家がショパンのプレリュード「雨だれ」の演奏について言いました。
「Asの音は常に空間に流れていて、その音を汲み取るように鍵盤を叩く。」
音楽はピアノで表現される前からそこにあって、終わってからも続いて行く。演奏はその一部分を汲み取るようなもの。空間はそんな聴こえない音楽に満ちているような感覚。とてもおもしろい。

 そうすると、ある絵を見て曲のイメージが湧いたとか、ある場所に立ってメロディが浮かんだとか、そんな作曲家の言葉は、何も彼らの頭の中での営みだけではないのかもしれない。中には鍵盤に向かい、メロディを絞り出す作曲家もいるだろう。けれど、そんな空間にある音楽(神からの贈り物でしょうか)を聴くことのできる何かをもっていたら、作曲家はそれを我々に伝えるという使命に向かっているのかもしれない。

 イタリアのピアニスト、Giovanni Allevi(ジョバンニ・アレヴィ)。先日彼の演奏会に行きました。彼の奏でる曲は、きっと彼がいつも聴いている音楽そのものなのでしょう。ソファの上で、東京駅で、水のある風景で、恋人のいる風景で。

 私にはそんな音楽は聴こえない。けれどどこか懐かしい。パーセルも、モーツァルトも、ショパンも、矢野も、アレヴィも。

これは私の息子です。

Posted by Y on 11月 7th, 2010

 ある父と子がドライブをしていました。が途中で事故にあい、父はそこで亡くなり、息子も重傷で病院に運ばれました。すると、その病院の医師が彼を見て、驚いて言いました。「これは私の息子です。」

 私が小学生のとき、クイズの本に載っていました。いったいどういうことかおわかりでしょうか。誘拐されていたとか、離婚した新しい父親だとか、そういうことではありません。この医師が彼の母親であったという話です。しかしこうした話を聴くと、頭の片隅に「医師と言えば男」という意識があるようで、すぐにピンと来る人は少ないかもしれません。少なくとも当時はそうでした。

 先日電車の先頭に乗ると、運転士さんが女性であることに気がつきました。ほんの数年前までは想像もできなかったことです。この数年で大きく変わってきた社会、今に冒頭のような問題は、誰も難しく考えることがなくなるようになりますね。