ポッペアの戴冠

Posted by Y on 5月 19th, 2009

 オペラの誕生・発展の重要な時期に活躍した作曲家、モンテヴェルディ。「ポッペアの戴冠(L’incoronazione di Poppea)」はオペラ史上最も重要といえる、彼の作品の一つ。先日バッハコレギウムジャパンにより、コンサートオペラとして上演されました。公演は東京でしたが、魅力的な演目に加え、豪華なキャストを見て「うわっ!聴きてえ…」と独り言を言った私は、一番良いとされる席のチケットをとりました。

 パンフレットの中に、公演にあたってのお話がありました。
「たとえコンサート形式であっても、モンテヴェルディのオペラを楽しむためには舞台作りが必要。しかし今回は、芝居として上演するのではなく、モンテヴェルディの音楽を重視してあくまでもコンサートとして演奏することが目的なので、それに特化した舞台を作ろうと試みた」と。「舞台上の登場人物の互いの関係性を断ち切り、それぞれの登場人物が『個』として、純粋に音楽が求める表現のみを追求することを旨と」した舞台。いったいどんな舞台になるのかわくわくしました。歌い手は楽譜を持たず、オケはオケピットの中というのも上演が決まったときの条件だったようです。

 幕があけて現れたのは透明感のある静かな舞台。天上と地上を表すかのように佇む山、オーケストラの演奏が静寂を破ったかと思うと、頂上に立つ神々の歌が会場に響き始めました。その山は字幕を写すスクリーンでもありました。

 なるほど、個々の関わりによる芝居がオペラの重要な位置にあると思っていましたが、それを断ったときに露になる個の音楽の響き。でも単にコンサートとして歌われたのでは決して生まれないであろう響き。薄暗い舞台、静かな照明は、互いの関係断つとともに個を浮き立たせ。粗末な私の文で表現できるものでは決してありませんが。

 単に映されるのではなく、FLASH技術を駆使した字幕の表現もすばらしかった。我々にはなじみのない言語、その言葉の響きを、そして言葉についた音楽を味わうために、演出家が意図したものでした。400年も前のオペラが、まるで現代芸術のような様相で、我々に静かに興奮を与えてくれました。

 何よりモンテヴェルディの音楽によって表出された言葉、美しい音楽を、見事な表現で再現してくれた演奏家たち。言語の音楽化、彩る美しい装飾、それを最大限に生かす、ヴィヴラートのないクリアな声。それはけして無表情ということではなく。なんておもしろいんだろう。最後に演奏された二重唱「Pur ti miro」。相手への思いが欲望によるものであったとしても、神の手の中で操られていたものであったとしても、非常に美しい二重唱でした。

 モンテヴェルディの二重唱、私もいつか演奏したい。

Posted by Y on 5月 6th, 2009

箸 先日クリーンセンター・リサイクルセンターに行き、ごみについて少し学習しました。我々が簡単にごみにするものを工夫して処理してくださっていました。私はよく割り箸を使います。それを変えるだけで変わることもあるかなあと、お箸と箸袋を買いました。10月生まれなのでコスモス柄のお箸を。かわいいお箸でとても気に入っています。

 最近茶道の先生の話をお聴きする機会があり、礼儀について色色とお話ししていただいています。お話を聴いて、まず中でも一番身近な、お箸の持ち方を正しくしたいと矯正しはじめました。今までもそんなにおかしかったわけではないですが、教科書にのるような、人差し指と中指で一本挟むという持ち方を今練習しています。

箸
 さてもうゴールデンウィークも終わりです。日々の疲れを癒すことができましたでしょうか。もしかしたら、逆にお疲れになった方もおられるかもしれませんね。休日を楽しめるってとてもすてきなことです。昔、ある作家がおっしゃっていました。

「好きなことを仕事にすることは難しい。だから仕事で糧を経て、好きなことをしよう。」

 休みはとても短く感じますが、明日からまたがんばりましょう。

砂像

Posted by Y on 5月 1st, 2009

グリム
 子どもの頃、砂場で山を作ってトンネルを作ったり、川を流したりしませんでしたか?泥団子も、濡らしたり乾かしたりしながら、固くきれいな団子を作ろうと努力していたと思います。砂でものを作るのってとても楽しかった気がします。

 先日鳥取に行き、初めて砂丘を見ました。やわらかくきれいな砂を踏んで歩きました。砂丘を超えて臨んだ海もまた大きく美しかった。ずいぶんと久しぶりに大きな景色に触れ、心が落ち着きました。何もないのだけれど、そんな場所だからこそ感じる安らぎでした。

砂像

 近くで開催されていたのが世界砂像フェスティバル。砂丘の砂で作られた、なんとも繊細でダイナミックな作品が並んでいました。雨が降っていたのですが、崩れることなくそこに佇む砂の作品たち。決して永遠に保たれる芸術ではないのですが、砂というもろく弱い材料を使って、芸術家たちが自らの魂を表現しようとしていたように思いました。彼らの魂がひしひしと感じられる、そんな空間が広がっていました。

 ゴールデンウィークが始まります。もう始めている方もおられるかもしれませんが、何か優しいものに触れ、美しいものに触れ、心を静かに過ごす時間を持つことができる休日になるとよいですね。みなさん良い休日をお過ごしください。

世界砂像フェスティバル 5月31日まで