大山崎山荘美術館

Posted by Y on 11月 30th, 2008

 11月の初め、大山崎山荘美術館に行きました。緑の中にある静かな場所。まだ葉が染まるには早かったようですが、きっと今頃は色鮮やかな葉が光に揺れているでしょう。

 美術館の、時間が止まったような空間がとても好きです。たくさんな時間がつまった玉手箱。そこで過ごしていると、気が付けば驚くほど時間が経っていることも。幸せな時間や楽しい時間はあっという間ということでしょうか。竜宮城と似た感覚かもしれない。

 お皿や坪みたいな工芸品は、実際作ってみると、その綺麗なフォルムや色合い、装飾がいかにすごいことか思い知らされます。それらがシンプルにおかれた空間に心を奪われることもあります。ただそういった作品一つ一つが持つ美しい色、心に触れて、感動するに相応しい感性を、私はまだ持ち合わせていないようです。空間として楽しむことはあっても。

 逆に私のような素人は、シュルレアリスムのように、私たちから見れば変わったもの、斬新なものに惹かれます。絵画でも工芸品でも、一体どんな世界を描いているのか創造するのが楽しい。美術館には先のような工芸品と、別館にいろいろな青で表現された絵画たちが数点並んでおりました。私の好きな青もそこにありました。

 ふと自分の好きな空間を考えていて思いました。絵画や工芸品に表現されるシュルレアリスムがあれば、床の間や枯山水も、小さなところに現実を超えるような、透明感のある世界を表現しようとした、シュルレアリスムの一種ではないかと。

 美術館の帰り道、山の梺でバスを待ちながら、小鳥のさえずり、風と戯れる葉、都会の中にいてはなかなか気付けないそれに、ほんの一時柔らかい気持ちを思い出しました。

青のコレクション ーピカソの青、モネの青ー

2008年12月7日まで

私は貝になりたい

Posted by Y on 11月 27th, 2008

 小学生のころだったでしょうか、ドラマを見ました。戦争、一人の小さな兵隊、家族、死…今でも当時衝撃を受けたことを覚えています。影響されやすく、加えて変わった子どもでしたから、貝になりたい貝になりたいと、ノートの隅にぶつぶつと書いていた気がします。 

 所ジョージ演じる小さな兵隊、理不尽な死刑の判決に悔しくて涙が出ました。兵隊の最後の言葉、小さな望みが、なんと重みのあるものだったか。

 こんな平和な時代でも、私の小さな背中では毎日を背負うのも精一杯です。彼らが背負ったもの、きっと今の私たちには背負えない…そんな時代を思うと、今は本当に恵まれています。平凡でもただ生きることができる。現代人は現代人で貝になりたい時もあるだろうけれど。

 映画が公開されています。ぜひ見に行きたい。

美容院

Posted by Y on 11月 24th, 2008

 日曜日、初めて美容院で髪を切りました。散髪は10分、年に2、3回で済ませてきた私が…そろそろ切りたいなと思っていた時、ちょうど両親が行き始めた美容院を紹介されました。知人らしいです。

 高台の閑静な住宅街にあるおしゃれなお店。スパと合わせて2時間半もお世話になりました。これまでの感覚から、丁重に扱われるのも恐縮でしたが、行ってみて、髪を切る時くらいちょっとお金を使って、ゆっくりしても良いのかなって思うようになりました。

 土曜日は一日中、本当にびっくりするくらい寝ていました。時々起きた気がするけれど。先週から風邪をひいて、でも睡眠時間は4時間とか何だとか。人間にはまとめて寝たり、まとめて食べたりする機能がないので、すぐには取り戻せないし、風邪も治りません。週末の一時だけでなく、日々の中にゆっくりする時間を増やせる術を身に付けたい。

 もう秋も終わりそうです。

秋空

Posted by Y on 11月 16th, 2008

 押し入れで探し物をしていると、持ち上げた大きな封筒から音楽が流れました。

「HappyBirthday to you」

 確か中学生か高校生の時にもらった、ボタンを押せば音楽が流れるバースデーカード。記憶をたどれば、描かれたねずみたちの絵が思い浮かびます。ちょっと日は遅れたけど、時は流れても、誕生日を祝うことを覚えていてくれました。

 まだ置いてあったことに驚きましたが、封筒の中で流れる音楽だけ聴いて、また元の場所にしまいました。その大きな封筒には見てはいけないものがつまっている気がして。

 秋の空、移ろいやすく、すぐに変わってしまう。けれど雲の向こうには、澄みわたり、きっと変わらないものがあるのだと思う。

ハロウィン

Posted by Y on 11月 9th, 2008

 ハロウィンってずいぶん身近なものになりましたね。私が子どもの頃は、カレンダーに書いてあるのと、かぼちゃのおばけを目にしていたくらいで、お祝いの感覚はありませんでした。今の子どもたちには、ハロウィンパーティーや、まつわるイベントが多く、ハッピーハロウィンと言って祝う日の一つでもあるようです。

 ハロウィンといえば、それぞれ扮装して、家々にお菓子をもらい歩く、その程度の知識しかありませんでした。でも歴史を辿れば、古くからの深い意味がありますね。今年もハロウィンにちなんだ様々なキャンペーンが、各業者で何ヶ月も前から取り入れられていました。広まるにつれて、意味よりも、表面的な祝い方のみが残っていきますが、それもまた一つの文化かもしれません。

 まして魔女の歴史のなんと残酷なことか。そうした偏見の歴史の名残なのか、悪魔と近い存在として描かれた、悪者役で目にすることもあります。けれど、シンデレラを助けたり、時には奥様や、ドジで人間と近い存在であったり、必ずしも悪としてではなく、いろんな角度から描かれています。今では、多くの人たちにとって、魔法を使え、神秘的でありながらも、かわいくすてきな存在でもあるのでしょうね。

 ハロウィンも終わり、今年もあと二ヶ月を切りました。