絵を描く勉強

Posted by Y on 10月 27th, 2007

 初めて描いた絵なんて、今ではもう覚えていません。なんともわからない模様だったのか…でもいつの日か子どもは好きな漫画の絵を描き始めます。ドラえもんの絵描き歌やらパーマン、そして私の場合(多くの子どもたちもそうだったでしょうが)ドラゴンボールへとたどり着くのです。今の子どもたちはナルトとか、鋼の錬金術師とかでしょうか…けれどドラゴンボールも、今なお子どもたちに描かれている絵の一つです。

 今思うとこの営みは本当に意味があることだと思います。もちろん、顔は実際の人間のそれとは作りも形も違いますが、まず一つ、できる限り手本を見て同じように描くということを学びました(最初からそっくりには描けないけれど…)。そしていろいろな動き、パンチやキック、かめはめ波やファイナルフラッシュなど、指や腕を初め、身体全体がどんな風に描かれているのかを、なんとなくでも考えながら、たくさん真似しました。実際に人やものを見て描くのは授業でしましたが、デッサンの初めは好きなキャラクターを見本をみながら描く、こんなことから始まりました。今でも、たくさん描いたスーパーサイヤ人3はよく覚えています。みなさんは子どもの頃、どんな漫画の絵を描きましたか?

Posted by Y on 10月 19th, 2007

空 風がとてもいいにおいがします。今日は少しだけ南の方、山の近くへきました。ゆっくりと歩いていると秋のバラードが聞こえてきます。毎日がそんなふうに流れたら、きっと心も身体も健康でいられることでしょう。

 空を見ながら、同じ高校のある女の子のことを思い出しました。正確に言うと、彼女が書いた作品を思い出しました。彼女は高校生らしい将来への不安や、希望を持っている人でした。私はたぶん同じクラスでもなかったと思うし、一度だけ暑中見舞いをもらったくらいであんまり覚えていません。ただ廊下に飾られた、彼女が美術で作った作品、そこに添えられたなんとも高校生らしい言葉が、今でも残っています。

「現実を見なさいっていうけど、理想を持っちゃいけないの?」

 現実は、きっと理想で変わり続けるものです。

ピカソ美術展

Posted by Y on 10月 11th, 2007

 先日京都のピカソ美術展に行きました。ピカソといえば、キュビズムの創始者の一人で、立体の全てを前面に出す特徴的な絵でとても有名です。子どもの頃から天才でデッサンを極めたからこそ、子どもの頃に描けなかった絵を求め続けていたのだろうと思います。彼の絵を見ていると、時にとってもかわいい絵があります。美術展でも数点並んでいましたが、私は彼の牛の絵が好きです。牛といっても、ゲルニカのような怒りや悲しみにあふれたタッチで描かれたものでなくて、ただ初めて牛さんをみてその大きさにドキドキした子どものように描かれた絵がとても好きです。

 昔パリのピカソ美術館で買った写真の絵はがきなのですが、ピカソのユーモア溢れるその写真作品が今でも印象に残っています。食卓の前に座ったピカソ。手は膝の上にきちんと揃えているようで、机の下に隠れています。食卓の上には10個の小さな(といっても1つで朝食には十分な大きさの)フランスパンが並んでいて、5個ずつちょうどそれぞれの手が隠れたあたりに、指のように並んでいます。それを知人に見せた時に彼は言いました。「やっぱりピカソは手も凡人とは違うなぁ。」

作品名「空」(鉛筆による複製)

Posted by Y on 10月 4th, 2007

空

 高校生のとき、よくノートに絵を描いていました。授業中、ノートの片隅に描いた落書きのようなものから、何かを表現したくて描いたものまで。これは当時つけていた日記の1ページ目に描きました。もともと鉛筆でしたが、白いお絵描き帳に複写してみました。日記のタイトルは「四角い心(まど)から見えた情景(けしき)のスケッチブック」。当時の、人に言えない苦悩や悲しみをただ言葉にして表現したもの。空を切り刻む電線、その恩恵を受ける生活、そこで戯れる小鳥たち。進路を考えながらいろいろなことを思っていたのでしょうね。もやもやも、言葉にするとけっこうすっきりするものです。話せる相手がいないとき、私の場合、自分に話してみるのでした。