帰りに花火が見えたのでふと自転車をとめて眺めていました。人はすぐに消えるものに憧れます。花火、流れ星、手のひらに舞い落ちた雪…道の途中で見た花火はとても綺麗でした。写真をとろうかとも思いましたが、私は花火を写真に残す術を知りませんでした。

 音楽もすぐに消えてしまう。科学が進んで、録音や録画することができる。けれど、それはその場所にしか存在しない、空気を通して伝わってきたものとはまた違う。ましてそんな技術がなかった時代に、人々がどんな音楽を作っていたのか、私たちは永遠に知ることはできません。ただ偉大な先人たちは楽譜というすばらしい宝物をくれました。

 その宝物が私たちに想像させるのです。ショパンは、リストは、どんなピアノを奏でたのでしょう。ヴィヴァルディはどんなヴァイオリンを、ブクステフーデは、バッハはどんなオルガンを奏でたのでしょう。エイクはどんなリコーダーを、スカルラッティは、フレスコバルディはどんなチェンバロを奏でたのでしょう。そして、カレスティーニは、セネジーノはヘンデルのアリアをどのように歌ったのでしょう。

 現代の巨匠達と同じように演奏したのでしょうか。それは誰にもわかりません。

 昔ある人が言いました。

「美術は永遠の、音楽は刹那の芸術である。」

永遠だから残せるものがあるように、その瞬間、そこにいる人々の中に、刹那だからこそ残せるものがあるのです。